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激動の1年間

こんにちは。
10月1日は、翔英館の16歳のお誕生日です。
名称未設定

こんなちっぽけな塾が細々とでも続けてこられたのは、関わって下さった皆さんのおかげです。

この1年、翔英館にとって実にいろいろな「ジャッジメント」「分岐点」がありましたので、この1年を大雑把に振り返ってみたいと思います。

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2016年10月 翔英館15周年を記念して、パンフレットを一新しました。そのパンフレットも今では「ちょっと古く」なってしまいましたが笑

2016年11月 千葉学習塾協同組合の「年末研修」の会場として選ばれまして、偉そうにも50を超える塾経営者の皆様に翔英館の取り組みをご紹介させていただきました。

2017年2月 新年度説明会を実施し、新時代の学習と受験についてのご説明をさせていただきました。
        また、銚子テレビ放送にて、「千葉県公立高校入試前期試験解説」の番組を担当致しました。

2017年3月 長年交渉しておりました、「東進衛星予備校」様との交渉を打ち切り、独自路線で貫くことを決意致しました。
        また、「観音校」を閉鎖し、銚子本校に移転統合することとなりました。

2017年4月 旭校を移転。旭駅前徒歩30秒の立地となり、益々通いやすくなりました。

2017年7月 銚子本校を駅前通り校に統合移転。中学生高校生が益々通いやすい立地となりました。翔英館の「顔」とも言えるコンクリートの本部校舎から離れるのは正に断腸の思いでしたが、より良い結果を導いている、とお伝え出来ます。

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→校舎を作ったり、移転したり、閉鎖したり、で随分と忙しい1年となってしまいましたが、「やってみて、それでもダメなら直ぐに方向転換」「生徒さんが喜ぶ環境を模索して、良い方があれば積極的に」の気持ちで参りましたので、この様になりました。

そこで、今回は「翔英館の校舎移転と設置」の歴史を。
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2001年10月 
①銚子市清川町4丁目の貸しビル2階、3階に「翔英館進学予備校」を設置。スタート時の人数27人で、あっという間に生徒さんが70人を超え、3つしかない教室に入りきらず、廊下を授業をしている様な悪辣な環境となってしまいました。「作ったばかりの塾」でしたが、このままパンパンの状態で授業をするわけにもいかず、校舎移転を決意しました。

2002年7月 
②銚子市清川町1丁目に移転。元家具屋さん、パチンコ屋さんの建物で、100坪ありました。この校舎は2013年の7月まで使いましたが、その間「ああ、あの元パチンコ屋!」みたいな心無い言い方をする方もいました笑 とにかく、10年以上御世話になった校舎で、現在の翔英館礎を築いた大切な場所でした。

2013年7月 
③校舎の老朽化と契約切れをきっかけに、銚子市末広町に移転。コンクリート打ちっ放しの4階建の150坪の物件で、昔から「この建物いいなぁ」と思っていた物件でしたが、幸い「どの階も空き店舗」でしたので、まとめて翔英館にしました。当初は「廃墟」の状態であり、電気回線、水道回線、エアコン何もかもがめちゃくちゃで、「使える」様にするためには相当苦労しました。

2015年3月 
④旭校を開校。弊社の社会的な取り組みでもある「SIC」の実践教場として開講しました。立地は「旭第二中のそば」を選びましたが、、、、。
⑤観音校を開校。「小学生以下の生徒を中高生から隔離して、のびのびとすごしてもらう」事をコンセプトとして開講しました。

2015年10月
⑥銚子駅前通り校を開校。鹿島学園高校と、新型学習塾の教室、そして「スチューデントオアシス」として開校。電車を利用する高校生には本校よりも使いやすい立地。この時点で「4校舎」となりました。
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さて、ここからは「ヒットアンドアウェイ」方式で、「よくない」と思ったら意地を張らずに方向転換、を行うことに。

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2017年3月
⑦観音校を閉鎖し、銚子本校に統合することにしました。理由は数え切れないほどありますが、何点か。
1)老朽化のせいで、水道ガス電気などのライフラインが機能しておらず、生徒さんに不便を強いました。
2)階段が狭く暗く、「2階にあるトイレ」に行くのを怖がる生徒さんも。
3)4階建と言いながら、エレベーターがなく階段で上まで上がることが困難。ほとんど1、2階しか使いませんでした。
4)学区としては飯沼小でしたが、広い通学圏だったので、駅近くの生徒さんはかえって通学が困難でした。
5)近隣に駐車場がなく、送り迎えの保護者の方の不便がありました。

2017年4月
⑧旭校を駅前に移転。駅から徒歩30秒という好立地に変わりました。
1)旭第二中近くに設置しましたが、奥まっていて認識されづらい。
2)夜は道が暗く、危ない。
3)教室が狭く、閉塞的な環境であった。翔英館の「開放的な空間」というイメージに合わなかった。
4)通信制高校の生徒さんにとっては、「駅から遠くまで歩く」という不便を強いていた。
5)「校舎を移転するべきである」と考えていたところ、駅前の好立地に空きテナントが出た。

2017年7月
⑨銚子本校を閉鎖し、銚子駅前通り校に統合移転。
1)社員の事情により、校舎を統合する必要性が出てきた。
2)駅前通り校の方が駅や小中学校高校に近く、便利である。
3)駅前通り校の「3階」を空きスペースにしていた。当初は東進衛星予備校を開校する予定だったが、交渉を打ち切った事から「使い道」を探す事になった。
4)40坪4階の本校校舎よりも、75坪2階の駅前通り校舎の方が使い勝手が良いと考えた。
5)その他
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考えてみれば、たったの3年の間で、「3つ校舎を作って」「2つ無くす」という結果になってしましました。
「馬鹿じゃないの?」と言われれば返す言葉もありません。少なくとも新校舎開設も、閉鎖も引越しも、それなりのお金と労力と時間がかかりますし、そんなに「気軽にポンポンと」というわけにはいきません。

それでも、「そうした方が生徒のためには良い」と「その時思った」のであれば、納得いくまで積極的に動きました。どう言われようと、意地をはったりせず、柔軟な考え方で行動する事を心がけました。

ただ、しばらくはこの校舎の体制のままで行くと思います。
現状は、「理想と納得に近い形」で運営出来ていると思います。

そのせいなのか、生徒さんも次から次へと入学し、どんどん増えています。
間違いなく、「多数決の原理」でいえば、この町の塾では一番愛されていると言えます。

しかしもちろん、両手放しで喜んでいるわけではありません。「それでも」不満をお持ちの生徒さんや保護者の方もいると思います。生徒さんが増えれば増えるほど、我々スタッフは「不安」が募ります。そして、益々気を引き締めなければ、と考えています。

ただ一つ言えるのは、翔英館はいつでも、どんな時でも、「生徒さんのために」あるという事です。
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